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ぎらぎらと照りつける太陽の下、目深にフードを被った人物がざくざくと土を踏む音が響く。
日に焼けた黄土色のフードは足元まで届くほど長く、すっぽりと全身を覆ったその姿はまるで砂漠を旅する旅人のようである。
フードに包まれた長身のその人物はよろめく足を何度も立て直しながら一歩、また一歩とその足を進める。
そう、彼クリオネマンにとってこの地、真夏の東京都心は正に砂漠にも等しかった。
正義超人である彼、クリオネがHF卒業生連絡網でその連絡を受けたのはつい昨日のことである。緊急時の連絡にしては悠長だなと思ったものの、召集がかかれば正義超人たるもの何時いかなるときも労力を惜しむ訳にはいかない。
そうしてクリオネ一族にとっては死地にも等しい、真夏の「トウキョウ」に彼は足を踏み入れることとなった。もちろん一族の皆(特に母)に「死にに行く気なのか!」「どうしてそんな危険な目に・・・」と泣かれたのは言うまでもない。(ちなみに悪行超人との戦いでもここまでの言われ様ではなかったと記しておく)
かくして皆の悲嘆に暮れる声を背に、クリオネは正義超人としての勤めを果すべく、死地トウキョウに足を踏み入れていた。
「死ぬ・・・・・」
掛け値なしに、そう思う。
トウキョウの真夏の暑さは半端ではない。ヒートアイランド現象だかなんだかで、都心部になれば尚更だ。
クリオネは薄れ逝く意識の中で今被っているこのフードをそっと渡してくれた母の顔を思い浮かべた。一見暑そうなフードではあるが、身体が透明なクリオネ一族は強い直射日光で内臓器官を焼かれることの方が危険なのである。しかし母が夜なべをして作ってくれたこのフードであるが、今のクリオネにはその重さすらも苦痛であった。
一歩、また一歩となんとか足を進めるが、もはやそれも限界に近づいていた。気がつけば周りは公園の中のようで人の気配もなく、もはや助けを求める事も難しいと思える。
「ここで死ぬのか・・・・・」
正義超人としてはせめて悪行超人との戦いで華々しく散りたかった、とクリオネはぼんやり考える。こんな公園の真ん中で逝き倒れなどと言うのはどうにもかっこ悪いし、プライドが許さない。
第一、この自分はヘラクレスファクトリーの地獄の特訓を耐え抜いてきたエリートなのだ。あぁ、そういえばファクトリーの鉄板リングは正に地獄の特訓だった・・・あの時の苦しみに比べれば今ぐらい・・・いや、それよりも万太郎との戦いを思い出せ、あの時の苦しみに比べれば・・・がんばれ私、頑張れクリオネ、クーリオネ、クーリオネ!!(錯乱中)
暑さで虚ろになった思考がぐるぐると回っては消える。これを日本語で走馬灯と言うがクリオネはそれを知らなかった。
そうしてクリオネが地面に倒れ臥して走馬灯をぐるぐる回している頃。一人の超人が偶然にもその傍を通りがかる。
何時もの暑そうなメットを脱ぎ、普段着なのかノースリーブのパーカー(国防色)とジーンズと言うラフな格好の彼の名前はジェイド。クリオネの同期、二期生ニュージェネレーションである。
くすんだブロンドを暑そうに掻きあげて、ジェイドはぽてぽてと公園を歩いていた。一見するとまったく普通の若者にみえる姿である。
しかし、どんなに普通に見えても腐っても彼は正義超人。偶然とは言え、通り道の公園内で見つけた倒れている人間を見逃すことは無かった。
真夏の公園の広場のど真ん中、怪しげなローブ姿で倒れ臥している人物にジェイドはゆっくり近づいていく。
そうしてそうぅうっとその姿を覗き見て、そこに見知った顔があることに仰天して声を上げた。
「あれ?クリオネ??」
どうやらクリオネは完全に意識を失っているらしい。ジェイドの上げた素っ頓狂な声にも反応を返さない。
この状況(炎天下)なら日射病かなぁと、ジェイドは気楽に考えてとりあえず気絶したクリオネを日陰に運ぼうと、その身体に手を掛けた。
(あれ?)
ふと感じた微妙な違和感にジェイドは眉を顰める。
なんだか何時もと違う感じがするのだ。
違和感を感じ首を傾げながらジェイドはクリオネを肩に担ごうとする。
そうしてクリオネの身体はすんなりとジェイドの肩に担がれた。
(・・・・・あれ?クリオネってこんなに背小さかったっけ??)
記憶にあるクリオネはもう少し上背があったような気がする、とジェイドは首を傾げる。今のクリオネはジェイドより少し大柄なぐらいで元の身長を考えるとどう考えても小さい。
(もしかして、別の人なのかな?)
もう一度顔を覗き込んでジェイドは確認をしてみる。
気絶しているので目は瞑っているものの、覗き込んだ顔は確かに見知ったクリオネのものだ。
(って、もしかして水分蒸発して縮んでる!!!!!!!!)
恐ろしい考えに達してしまったジェイドは全身の血の気が引く音を聞いた気がした。
なんせ、クリオネマンはクリオネの化身超人なのだ。この暑さで体内の水分が蒸発して縮んでしまったとも考えられる。だとすると、気絶している今の状況と言うのはただの日射病などではなく大変危険な状態なのではないのだろうか。
ジェイドは泡を喰ってクリオネを公園の木陰に運び込む。ふと見回すと公園の端に水遣りの為の水道が備えられており、これ幸いとジェイドはその水道の傍にクリオネを引き摺っていった。
(これで目を覚ましてくれるといいんだけどな・・・・)
不安げな表情でジェイドは水道の蛇口を捻ると、その飛沫の冷たさを手で確認する。一杯まで蛇口を捻りその水流を最大にしてジェイドは祈るような気持でクリオネにその水を掛けた。
何度かばしゃばしゃ手で掬った水を掛けてみるがクリオネは一向に目を覚ます気配も無い。じれったくなったジェイドは地面に倒れたままのクリオネの頭をずるずる引っ張って丁度水道の蛇口の真下に置き、景気良く水を流した。
ばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃ。
蛇口から真っ直ぐに流れる水が単調な音を立てて飛沫を飛ばす。
本当にそろそろ目を覚まさないかと心配になったジェイドがクリオネの顔を覗き込むと、心持ちクリオネの表情が苦痛に満ちたものから安らかなものに変わっているように思えた。続いて呼吸を確認すると幾分落ち着いて先ほどまでの半死半生なものではなくなっている。
とりあえずこの分なら暫くすれば自然に目を覚ますだろうとジェイドはほっと一息をついた。安心して見てみれば縮んでいたクリオネの身体も気持元の大きさに近づいているように思える。
はぁ〜と気の抜けたため息をもう一度吐いて、ジェイドはどっかりと背中を木の幹に凭れさせて地面に座り込んだ。そうして緊張のあまり流した冷や汗をそっと拭う。
まったくとんだアクシデントだ、とジェイドは迷惑そうな顔でクリオネに視線を移した。正義超人たるもの自己管理もきちんとできなくてどうする。第一、こんな真夏の東京に彼は何をしにきたのか。
額に流れる汗を水で流そうとジェイドはずりずり地面を這って、クリオネにじゃかじゃか水を掛けている蛇口に近づく。
そうしてジェイドが顔を洗う為水を掬おうとし伸ばした手は、それに気が付いた瞬間びっくりして止まってしまった。
ジェイドはぱちぱちとなんどか瞬きを繰り返す。
もちろん蛇口に伸ばした手は空中で止まったまま。
(綺麗だな・・・・)
ぼんやりとジェイドは心の中で浮かんだその単語を呟いてみた。
普段あまりにもかけ離れているだけに自分の心に浮かんだその言葉にジェイドは不思議な感じを受ける。
水を掬おうと手を伸ばした瞬間、なんとはなしに目に入ったクリオネの姿にジェイドは綺麗だなと感じたのだ。
(昔テレビで見た氷の彫刻みたいだ・・・・)
水道から流れる水の飛沫が、木々の隙間からもれる太陽を弾いてきらきら光る。その輝きがクリオネの透明な身体にまた反射して、さらに光が踊る。不思議に美しいその姿はジェイドが昔テレビで見た氷の妖精の像のイメージに被る。
(こうして見るとクリオネって顔整ってるんだな、女の子がキャーキャー言うはずだよな・・・・)
クリオネの顔を覗き込んでジェイドはそんな事を考える。普段こんな至近距離でじっくり見る機会もない分驚きは新鮮で、そうしてなんだか妙な気分だった。
時間にすればほんの僅かな間、ぼんやりジェイドはクリオネの姿にに見惚れていた。いや、もしかしたらきっかけさえなければもっと長い間眺めていたかもしれない。
ジェイドにとっては幸か不幸か、クリオネが目を覚ましたのだ。
クリオネはう〜んと唸って薄く目を開けると小さく身じろぎした。そうして、思考が纏まらないのか暫くそのままの状態でぼんやり視線を彷徨わせる。
と、急に己の置かれている状況を知覚したのか、クリオネはがばり、と寝かされていた水道の流し場から身体を起こした。もちろんこの間も水道から水は出っ放しで、じょばじょばクリオネの頭に水が流れてくる。もちろんクリオネが纏っていたローブも水で濡れ、土が付いてどろどろになっていてとても着られた状態ではない。露骨に嫌な顔をしてローブを脱ぐと、ようやくそこでクリオネは傍に居たジェイドの存在に気が付いた。
「・・・・・・もしかして、ジェイドが運んでくれたのか?」
「え?あぁ、まぁそうだけど」
なんとなく気持歯切れが悪いジェイドの言葉にクリオネは少し疑問を感じたが、深く追求することなくとりあえず礼を言う。
一方ジェイドはと言うと、なんだか悪い事をした訳でもないのに(むしろこの場合は恩人と言っていいはずである)なぜか後ろめたい気持で、ごにょごにょと言いよどんでしまう。
クリオネがなんだか不思議そうな顔でこちらを見るが、まさか「寝顔に見惚れてました、ゴメンナサイ」と正直に言う訳にもゆかず、ジェイドはますますもごもごと言葉を濁した。
「ところでもう身体は大丈夫なのか?」
「あぁ、なんとか動けるぐらいには回復したみたいだ」
後ろめたい気持を吹っ切るためにジェイドは話題を変えて今度はクリオネに問い掛けた。
「しかし、なんでこんな公園で倒れてたんだ?第一真夏の日本なんてお前の管轄じゃないだろ?」
ジェイドの言葉にクリオネは不審な顔で問い直した。
「ジェイドには卒業生連絡網で連絡こなかったのか?」
「え?連絡って、万太郎の家に集合ってやつだろ?」
二人の話は一致しているようで、しかし微妙に噛み合ってない。
クリオネが感じた話の違和感は次に発せられたジェイドの一言で一気に解決かつ、氷結した。
「第一、万太郎の所に集合って『ナガシソウメン』って言う日本のパーティをするから参加できる人は参加してくれ、ってやつだろ?わざわざ命懸けでクリオネがロシアから参加するような事じゃないんじゃないか?」
ぴしり、とクリオネの表情は一気に凍る。ナガシソウメンパーティ?そんな単語を聞いたのは初耳だ。
「・・・・・私は連絡網で『キン肉万太郎の処に急遽集合せよ』としか聞いてないんだが・・・・第一、こんな言い方をされたらまた悪行超人が出て、防衛戦があるのかと思うだろう!!」
「あ、いや、そんな事俺に言われても・・・・」
東京の暑さに殺されかけたクリオネの言葉は激しい。ナガシソウメンとやらの為に死にかけたなどという事はとんだ大恥である。
「それに俺だって直接万太郎から電話があって『ナガシソウメン』だって知ったんだぜ?万太郎がレーラァもどうぞって誘ってくれてさ」
クリオネは決定打にがっくりと項垂れた。どうやら伝言ゲームの要領で、連絡網が回ってくる間に微妙に内容の変化が見られたのが原因らしい。しかしココまで確定ではもはやどんな言い訳もできない。自分は『ナガシソウメン』の為に死にかけたのだ。あぁ、悲壮な顔で自分を見送ってくれた故郷の一族たちに一体どんな顔を見せて帰還すればいいのか。
精神的ダメージのあまりがっくり項垂れて機能停止してしまったクリオネをみてジェイドはまた体調が悪くなったのかと心配する。
おーい?と声を掛けてみたり、目の前で手をひらひらさせてみたりしてジェイドはクリオネの反応を伺うが、ショックに茫然自失のクリオネからは今ひとつかんばしい反応が返ってこない。
ジェイドは暫し考えて、何かを思いつくとクリオネに待っててくれと告げて軽快な足取りで日差しの中を駆け出していった。そうして五分ほど経った頃、なにやら手に二つのカップを抱えて大急ぎで戻ってくる。はい、と言う言葉と共にジェイドが差し出したのはカキ氷のカップで、どうやら彼は公園の入り口に店を出していた露天でこれを買ってきたらしかった。
ジェイドがクリオネに差し出したカキ氷のカップは一見真っ白でみぞれの様である。対してジェイドが自分用にと買ったカキ氷は淡いピンク色のイチゴだ。それは見た事もない形状の食べ物で、クリオネは一瞬先程のショックも忘れて不思議そうにじっとカキ氷を見つめる。
「これなら氷だからクリオネでも食べれるかと思って。一応氷のうえから塩振ってもらってるんだけど・・・・」
ジェイドの言葉で差し出されるままにクリオネはカキ氷のカップを受け取った。発泡スチロールのカップ越しにキィンと冷えた感触が心地よく伝わってくる。
考えてみればつい先程まで暑さでぶっ倒れて死にかけていた身である、冷えた感触は心地よく少し傷付いた心も癒される心地になった。
クリオネはカップに付いていたスプーンでしゃくりと氷を一さじ掬って口に運んでみる。冷たい氷が飲み込んだ体内で溶けて、暑さによる息苦しさは大分楽になったように思えた。
一さじ掬って口に入れるとあとは勢いと言うもので、クリオネはしゃくしゃく調子よく残りのカキ氷(塩味)を口に運ぶ。ジェイドは自分も氷イチゴを頬張りながら、なんとなく嬉しくなってにこにこ笑みを浮かべた。
二人の頬張るカキ氷の残りも少なくなってきた頃、ジェイドはクリオネに先程から考えていた疑問を尋ねた。
「でさ、結局クリオネはどうする?」
様はクリオネの誤解だった訳だけど、と続けてジェイドはクリオネの反応を伺った。クリオネはカキ氷のカップを握ったまま考え込んでいる。
「なんかさ、デッドとスカーも来るらしいんだ。誤解だったけど折角日本まできたんだし、『ナガシソウメン』に参加してもいいんじゃないか?」
万太郎の家までは俺もついてくし、気を付けて身体を冷やしながら進めば残りの道のりはあともう少しだし、とジェイドは必死でクリオネを説得する言葉を並べる。しかしクリオネからは返答はない。
沈黙の長さにジェイドが『やっぱり駄目か・・・』と諦めかけた瞬間、クリオネの口からはぁぁ、と大きな溜息が吐かれて、そうしてそれと共に、「まぁ、いいか」の声が呟かれた。
ジェイドは瞬間笑顔になって、良かったと胸を撫で下ろす。
二期生の皆で会うのも久しぶりで、全員が揃う事が嬉しかった事は、そりゃぁ本当の気持だったのだけれど。
でもそれともう一つ。
なんとなくクリオネと二人で万太郎の家に迎えることも嬉しく感じたのは、ジェイドの胸の中だけの秘密だった。
カキ氷のカップを公園のゴミ箱に捨て、さてと二人は立ち上がる。
念のための用心にと、水で濡らしたローブをすっぽり被り直したクリオネの横を歩くジェイドの足どりが軽かったのは、誰も知る事は無かった。
[END] |